2025年3月7日
工事契約と原価は、密接な関係があります。バブル期ごろまでは 、工事価格は「工事原価 + 適正利益」で算出されることが一般的でした。しかし近年では、多くの建設プロジェクトにおいて、工事価格(請負工事費)が契約で決まった後に、元請負会社が工事原価の目標値を決める流れです。
工事価格は、「工事原価」と「一般管理費」の2つの要素で成り立つものであり、建設工事見積もりに伴う工事原価計算では、原価を適切に予測する必要があります。そこで設定した目標コストになるように効率よく工事コスト管理を行うため、原価管理システムが登場しています。
本記事では、建設プロジェクトを成功させるための秘訣である工事原価について詳しく解説します。
建設工事見積もり作成は、工事に関連したさまざまな費用をすべて算出して積み上げる作業です。赤字工事を減らすためにも、正しい積算が非常に重要となります。
一般的に原価とは、「製品やサービスを顧客に提供するまでにかかる費用」のことです。建設業のようなモノづくりの現場では、完成するまでに要した経費全体を工事原価として認識しておく必要があります。ここでは、工事原価の概要や計算方法について見ていきましょう。
工事原価とは、個別の工事にかかる費用(経費)のことです。工事原価に一般管理費を合わせたものが工事価格であり、工事価格に消費税等相当額を合わせたものが工事費となります。
工事原価は、純工事費と現場管理費に分類され、さらに純工事費は次の5つのカテゴリーからなる直接工事費と共通仮設費に分類されます。
①材料費
②労務費
③外注費
④機械費
⑤経費
純工事費の中の経費は、間接工事費にあたります。純工事費は、直接工事費と間接工事費をセットで考えることを押さえておきましょう。
また先述した一般管理費、現場管理費、共通仮設費は、工事に間接的にかかる費用であることから間接工事費に分類されます。これら3つの費用は、公共工事においては「共通費」、民間工事においては「諸経費」と呼ばれているものです。建設業では工事ごとに工事原価計算を行い、収益に相当する完成工事高と対応させてから利益を計算します。工事原価に含まれる各費用のイメージを、まずはよく理解することが大切です。
建設業において工事原価を計上する際に用いられるのが、独自の会計基準です。もともと「工事契約に関する会計基準」(以下、工事契約会計基準)に基づき、建設業では「工事完成基準」あるいは「工事進行基準」に分けて収益認識を行っていました。しかし2021年4月より、一部企業に対して「収益認識に関する会計基準」(以下、新収益認識会計基準)が適用されたことにより、工事契約会計基準は廃止されています(新収益認識会計基準90項)。しかしかつての工事完成基準や工事進行基準は、表現をかえて新収益認識会計基準に引き継がれており、基本的な考え方は変わりません。
新収益認識会計基準において、工事完成基準は一時点で充足される履行義務とされています。完成物を引き渡した時点で売上を計上し収益を認識する考え方です。完了までに発生した費用は、勘定科目のうち未成工事支出金として記されます。未成工事支出金は、製造業会計の仕掛品や半製品と同じ扱いです。
工事完成基準での計上は、工事の完成物を引き渡す時点まで利益がわからないため、一期間ごとの業績が判断しにくい点が指摘されています。なお工事完成基準を適用している消費税の原則課税事業者は、外注費に注意が必要です。外注契約により下請業者に工事を依頼した場合、出来高分の外注費の支払いについては、「前渡金」として処理します。下請業者は工事完了まで外注費にかかる消費税を仕入税額控除できないことから、外注費を「未成工事支出金」に含めて税抜処理するのは間違いです。
新収益認識会計基準において、工事進行基準は一定の期間にわたり充足される履行義務とされています。工事進捗度に従い、総受領額(見積額)を分割した金額を計上し、収益を認識する考え方です。
一般会計の売掛金に当たる完成工事未収入金については、分割した金額と前金や中間金などを総受領額から差し引いた額を計上します。こまめに会計処理をすることから、大幅な赤字を回避しやすい点がメリットです。一方で、複雑化して分かりづらくなるために、クライアントに対しては丁寧な説明が必要となります。
新収益認識会計基準において、「一定の期間にわたり充足される履行義務」に記載されたいずれの要件にも該当しない場合には、「一時点で充足される履行義務」の考え方を採用して会計処理を行います。
ここでは、工事原価の構成要素である「純工事費」と「間接工事費」について詳しく見ていきましょう。
純工事費の5つのカテゴリを理解して、建設工事の現場にかかる工事原価を正しく計上することが大切です。
工事のために購入し、現場において実際に使用された素材、半製品、製品などの資材を材料費として計上します。材料費には、仮設材料の損耗額等も含みます。まとめ買いをして、購入した材料と実際に使用した材料を区別するために、受払簿をつけて管理している会社も多いかもしれません。しかし使用する分だけ購入するケースでは、受払簿をつけずに、購入した資材をそのまま材料費として計上します。
現場で工事に従事している直接雇用の作業員の給与や法定福利費などは、労務費として計上します。現場作業員の労働時間などは、作業日報などに記入して管理することが大切です。健康保険料や厚生年金保険料などの法定福利費は、企業が負担するべき費用なので正しく計上するようにしましょう。また工程に含まれていなくても、仮設建物等の設置にかかった工事労務費なども労務費に含みます。
工種・工程別等の工事において、必要な材料、半製品や素材などを作業とともに提供・委託して、委託先から請求されたものは外注費として計上します。直接雇用の作業員に支払う給与が労務費、委託先の作業員に支払うのが外注費です。
高い精度で工事原価を管理する際には、外注費と労務外注費の区別を明確にしておきましょう。労務外注費は、委託先の労務費のことであり、材料、半製品や素材の提供は含まれません。ただし自治体の中には、外注費と労務外注費を厳密に区別しない記入方法を採用しているケースもあります。
工事現場において、直接的に使用した機械の費用はレンタル、購入に関わらず機械費として計上します。機械とは現場で使用する工具、道具、用具などのことであり、作業員を運搬する目的のみで使用する機械などは含まれません。仮設建物等の設置に使用した機械なども、機械費に含みます。
上記の材料費・労務費・外注費・機械費に含まれない費用として、工事をスムーズに行うための費用があります。この経費は間接工事費にあたるため、一般管理費と混同されがちですが、しっかりと区別して計上することが重要です。
間接工事費とは、工事に間接的にかかる経費のことです。民間工事では「諸経費」、公共工事では「共通費」と呼ばれています。工事費の構成要素である「共通仮設費」「現場管理費」「一般管理費」は、間接工事費です。ここでは3つの間接工事費の概要を下記にまとめました。
間接工事費の内訳 | 費用の概要 |
---|---|
共通仮設費 | 工事現場で必要に応じて設置され、ある工程・工事が完了したら撤去される仮設物にかかる費用 例)足場、養生、仮囲い、仮設事務所など |
現場管理費 | 工事現場を機能的に維持・管理するためにかかる費用 例)作業員の食事代や通勤費、現場管理者の人件費(作業員ではない)、現場の損害保険料や火災保険料、現場事務所の光熱費や通信費など |
一般管理費 | 企業を経営していくにあたりかかる費用 例)本社や事務所の家賃、固定資産税、水道光熱費、通信費、オフィスで使用する事務用品、機器の減価償却費、企業活動の宣伝広告費、事務職員の給与や社会保険料、福利厚生費など |
上記の間接工事費を算出する方法は、国土交通省が定める「公共建築工事共通費積算基準」(以下、共通費基準)に則り、次の2つです。
1. 実際に必要となる完成工事費を積み上げて算出する
2. 過去実績などに基づき、直接工事費に対する各間接工事費の比率によって算出する
一般的には上記の2つ目の方法を用い、間接工事費を算出します。詳しい算定方法は、次の通りです。
共通費の算定 | |
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共通仮設費 | 直接工事費に対する比率 (共通仮設費率)により算定する費用 + 共通仮設費率に含まれない内容について、必要に応じ別途積み上げにより算定する費用 |
現場管理費 | 純工事費に対する比率 (現場管理費率)により算定する費用 +現場管理費率に含まれない内容について、必要に応じ別途積み上げにより算定する費用 |
一般管理費 | 工事原価に対する比率(一般管理費等率)により算定する費用 |
建設業会計は、建設プロジェクトごとに工事原価計算を行い、正しい損益を把握することを目指すものです。工事ごとに利益が確実に見込めるよう、リアルタイムで工事原価管理を行うことが建設業では重要になります。
ここでは、工事原価を計上するポイントについて見ていきましょう。
建設業においては、工事台帳の作成・記帳が欠かせません。工事台帳は、現場ごとに日々の取引を記載・集計する帳簿であり、工事管理台帳、工事原価台帳、工事原価管理台帳とも呼ばれています。当該現場で発生した費用を全体の工事費用から拾い出し、その都度工事台帳に割り振ることで、個別の工事原価の集計が可能になるのです。
割り振る際には、工事原価の構成要素ごとに振り分けることが重要になります。工事指図書に付した番号と同じものを工事台帳の工事番号に割り振るほか、会計帳簿の伝票番号も記載しておけば、突合しやすいのでおすすめです。工事台帳を活用すれば、現場ごとに収支や利益率を把握できるようになるので、こまめに記載して経営判断に役立てましょう。
工事原価管理のポイントは、「経費をいかに現場別に割り振るか」です。工事原価を効率的に集計するため、次の流れにそって経費の割り振りを行います。
1.請求書を現場ごとに分ける
2.「人件費」「経費」の割り振りを計算する
3.「共通経費」の割り振りを計算する
ここでは、それぞれの割り振りについて見ていきましょう。
直接工事にかかった経費と工事以外にかかった経費の別に、まずは請求書を分けます。管理部門にかかった経費は販管費として計上するため、工事原価には含めません。次に請求書や納品書の内容を確認して、現場ごとに分けます。現場を特定できない請求書は、現場数に応じた均等割、あるいは規模に応じた割合で按分するといった方法がとられます。
次に現場別に割り振るのは、工事原価の大半を占める人件費や経費です。請求書が発生しない人件費や法定福利等の経費は、作業日報や現場日報を利用して作業員の作業日数や作業時間をカウントし、日給や時給を乗じて計算しましょう。
1日1人当たりの人件費を計算しづらい場合には、作業員の概算単価(標準単価)を使う方法も検討してみてください。工事原価を見直す際に、真っ先に必要になるのは人件費の見直しなので、常に正確に人件費を管理することが重要になります。
上記の作業を終えた時点でも、現場を特定できずに割り振りできない経費が共通経費です。一括管理している倉庫整理の人員にかかる人件費、自社で所有する重機の減価償却費、工具の修理代などがこれに該当します。
共通経費も工事原価の1つであることから、合理的な基準で各現場に按分しましょう。工事規模ベースなら工事受注高の割合を使う、あるいは現場の直接経費ベースなら経費の合計額の割合を使って按分することも可能です。
建設業において、経営・施工管理の適正化を図るために重要な役割を果たすのが、工事原価の管理です。工事原価の最適化を図る大きな目的は、「コスト削減のための戦略」「持続可能な原価管理」の2つに大別できます。ここでは、なぜ工事原価の最適化が必要なのか、その理由・背景について見ていきましょう。
コストを削減し、工事原価を抑えると利益率が上がります。そのため工事原価の最適化は、コスト削減の戦略として有用です。事業者側の利益を確保するために、適切な事業計画の策定や予算編成につながる精緻な工事原価管理(工事コスト管理)が重要になります。
原価に関する情報を可視化すれば、必要な人員・機材を容易に把握できるので、ムダを省きやすくなるのです。また損益分岐点を容易に把握できるようになるため、利益の見込みが立てやすくなり、スムーズな経営判断に役立ちます。
税務申告書の提出時に、財務諸表を添付することがさまざまな法令によって義務付けられています。法令は会社法、法人税法、金融商品取引法だけでなく、建設業においては建設業法も含まれるのです。この建設業法によって、納品に相当する竣工・引渡しまでの期間が長い建設工事では、「原価」報告が義務づけられています。
原価は建設業法において「完成工事原価」と呼ばれ、建設業許可の取得・更新の際には「完成工事原価報告書(建設業財務諸表)」の提出が必要です。建設業許可の取得・更新にも影響するために、完成工事原価報告書は非常に重要な意味を持ちます。
施工管理者や現場管理者は、利益の増減に大きく関係する工事原価を把握しておくことが重要です。工事は長期に渡るため、材料費、外注費や人件費などの工事原価をリアルタイムで計上する必要があります。こまめに計上して、無駄な経費の発生や大幅な赤字発生を未然に防ぎましょう。